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「良き親となるために」 (親学支援セミナーでの講演)

「良き親となるために」 (親学支援セミナーでの講演)

                        東大谷高校 校長  児玉 道仁
昔から、子どもが豊かな人格に育つためには3つの出会い、「良き師、良き友、良き書」、に出会うことが大事だと言います。しかし今は、4つの出会い、つまり「良き親、良き師、良き友、良き書」との出会いが必要だと私は思います。師や友や書は選ぶことができますが、親を選んだり、取り変えることはできません。だから親は自らが努力して「良き親」になるしかありません。『良き親』とはいったいどんな親なのか?これは難しい課題です。親はみんな「よき親」になろうと努力します。だけど結果はすぐには出ませんし、結果がわかったころにはすでに手遅れ、『ダメ親』になってしまってる、という場合が多いのです。
 今日は、「良き親」について、みなさんと一緒に考えてみたいと思います。
以前、マラソン指導者として有名な小出監督の話が新聞に載ってました。「Qちゃんや有森さんは他の子供とどこが違いますか?」と聞かれた小出監督は「Qちゃんも有森さんも普通の子とどこもかわりません。ただ親がしっかりしてる。厳しい、しかる、自信を持っている。今の若いお父さん、お母さん自分に自信がないよね、子供にどこか遠慮して、叱るべき時にも叱れないよね。」と語っています。
『親が自信をもって子供を叱る、躾ける』ここがポイントです。
「良い親」の第一の条件は、子どもが悪いことをしたら、本気で叱れる親。きちんと躾のできる親、
ということでしょう。   
しかし親として叱るべき時に、正しく叱っているのか?ただ親のイライラや不満をぶつけているだけではないか、という疑問もあります。怒る、怒鳴る、イらつく、愚痴る、嫌味を言う、のと叱る、は違います。2000年に日、米、韓、英、独の5カ国で調査したデーターがありますが、それによると
親から「他人に嘘をつくな」と言われたことが無い子どもは米国で21%に対し 日本では66%もあります。逆に子どもに「弱いものいじめをするな」と云ったことが無いという親が日本では73%もあります。自分の子がいじめを受けてるかどうかには敏感だけど、いじめをするな、いじめに加担したらダメ、とは言わないのが日本の親といえるのではないでしょうか。これでは学校や子ども社会からイジメはなくなりません。親として子どもガ他人に迷惑をかけたり、社会的に悪いことをしたら断固叱る、ということが大事です。
良い親の条件の2つ目は、子どもを「躾(しつけ)る」ことでしょう。
躾の字は身体(しんたい)の「身」に「美しい」と書きます。日本の伝統や慣習、社会規範に従った美しい身のこなし、これを躾といいます。しつけに理屈はいりません。昔から引き継がれてきた慣習や常識、善悪のけじめ、それを幼いころからダメなものはダメとしっかり心と体に教え込むことが大事です。『昔からそう決まってる。』でいいのです。だから躾は幼いころの方が効果があります。私も、左手で箸を持ったりしたら父親に、理屈抜きに『箸は右手で持つんや』とバッシと叩かれたものです。  
朝はきちんと起きて『おはよう』と挨拶する、起きたら歯磨きする、朝ごはんはきちんと食べる、人に会ったら頭を下げて挨拶する、老人には席を譲る、人前で化粧をしたり携帯を使うのはダメ。小さい頃からこのように親が言い続ければ子供はだんだん身についてきます。それが躾なのです。
躾のポイントは「飽きず、諦めず、繰り返す」が大事です。
良き親の第3の条件は、誉めることです。
子供を前向きにし、意欲を引き出すのも、やる気を無くすのも親の言葉次第です。皆さん!こどもをしっかり誉めていますか?誉め言葉は子供に自信を与え、気持ちを前向きにさせます。善し悪しの判断力も身につき、自立心を養うことにもつながります。
親は子供が幼いときにはちょっとしたことにも「あー、すごいね、すごいね!」と誉めすぎるほど誉めます。幼い子が歩き始めた時などは、「○○ちゃん、すごい!すごい!」と誉める。誉められた子は調子に乗ってもっと歩こうと頑張ります。人は誉められて伸びる、前向きになるものです。
しかし子供が大きくなるにつれて誉め言葉が少なくなります。期待が大きい分、子供の現状に満足できなくなる面があるようです。お父さんお母さん、そんなときは子どもに対する過剰な期待は捨てましょう。所詮は俺の子、私の子、と思い要求水準を下げましょう。トンビが鷹を産む可能性は極めて低いのです。もっと子供を誉めましょう。それは親が子供をじっくり見つめ、語りかけることから始まります。
 私は学校でも、先生方に「もっと生徒を誉めましょう!」と言い続けています
ある教員が「校長、誉めれと言うけど、何も誉めるところがない生徒もいるで、そんな子を誉めると、と他の子が怒りますよ。」と言いました。でもそれは違うのです。私が言う「誉める」というのは、他の生徒と比較して、他人より優れた所を上げるのではなく、その子の変化に気づき、声をかけてやることなんです。生徒一人一人の変化に注意深くしていたら、いくらでも声かけるところはあります。「おい、今日は声が大きく元気やナ。」「今日は、うれしそうやな。」「今日は遅刻せんと来たやないかー」「顔色よいでー」と、そう声かけするだけで生徒は、「ああ、先生はちゃんと見てくれてるんや」と思い前向きになります。それが誉めるということなんです。だから「誉める」ということは「それぞれの子供に新しい変化を発見し、それを認め、励ましてやること」なんだと教えています。
 親鸞聖人は、「人間 貴賎上下の区別無く誰でも、仏になれる素質、つまり仏性を持っている」と述べられました。わたしどもの学校は仏教系の学校です。どの子も良いところを持っています。去年より今年、先週より今週、昨日より今日、子どもは確実に変化しています、成長しています。誉めるところはいっぱいある筈です。まさに生徒一人一人の「仏性」を見出すことが東大谷高校の教育の真髄なのです。
  どうか皆さんも、「叱る」「躾ける」「誉める」の3点に心がけ、良き親として、良き子どもを育てていこうではありませんか。御清聴有難うございました。

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