「一人一人に仏性を見る」
「ご挨拶」
皆さんお元気ですか?まだまだ暑い日が続きそうです。また、新型インフルの再流行の兆しが見受けられ新学期から大変になるのではと危惧しています。さて「校長の教育エッセイ」、暫く中断したことをお詫び申しあげます。今回のエッセイは、8月22日号の「ニュース泉南」紙に掲載したものを、一部校正して転載させて頂きます。8月25日 こだま記
「一人一人に仏性を見る」
東大谷高等学校 校長 児玉道仁
私は高校まで九州・天草の貧乏寺で育ちました。小学校時代、家が貧しくて給食費が払えないことで小六の担任に事あるごとにいじめられてました。子ども心に、「貧乏人や弱い子どもを大切にする先生になりたい!」と決意したのは多分その頃だと思います。高卒後、働きながら夜学に通い教員免許を取り、運良く大阪府の教員に採用され、希望して定時制高校に赴任しました。その後、府教委や管理職も経験しましたが、前半の教員生活の大半は定時制教員として過ごしました。当時、定時制高校には経済事情や家庭環境に恵まれず、生活の荒れた子や学習遅れの子が多くいました。20数年間、彼らと交わる中で、教育の原点とは、すべての生徒が「素晴らしい何か」を持っている事を信じ、一つでも良いところを見出し、それを認め、励ましてやることだ、と確信するに至り、その信念は今も変わりません。
府立高校を退職後、ご縁があって仏教系の女子校である東大谷高校に赴任しました。この学校に来て驚いたのは、生徒がメチャクチャに明るくしかも礼儀正しいことでした。昔から、躾と情操教育には定評があるとの評判は聞いていましたが、実に気持ちの良い学校であり、すっかり気にいりました。
東大谷高校は東本願寺系の学校で、宗祖・親鸞聖人は、老若男女貴賎上下の区別無く、人は誰しも「仏性(仏になれる素質)を持つ」と説かれました。よく考えてみると、私が教育上の信念としている「すべての生徒は素晴らしい何かを持っている」と親鸞聖人の言われる「仏性」とは全くの同じ意味なのであることに気づきました。本校は宗教系の学校ですから「仏性」という言葉で堂々と表現するのです。私は「我が意を得たり」の心境で、生徒一人一人の「仏性」を見いだし、それを磨き輝かす事が東大谷高校教育の真髄ですよ、と日々説いています。いま私は、懐かしい魂の故里に戻ったような心境で、女子教育の推進にチャレンジしています。(終わり)