児玉校長の教育エッセイ

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講堂朝礼での講話           平成21年6月

講堂朝礼での講話           平成216

   人の人生に大きな転機をもたらすものに3つの出会いがある。良き師、よき友、よき書(本)の3つである。友や書は自ら選ぶことが出来るが今の教育制度では教師は選べない。教師自らが「良き師」となるよう努力することが大事である。

 

   私の高3時代の担任山崎先生は私には大恩人である。私が大学に行けたのも教師になれたのもこの先生の適切なサポートがあったからだ。熊本県天草で育ったが、天草高校1年の時、父親が結核で倒れ遠くの結核病棟に入院した。父は結局6年間入院し、退院せぬまま死んだので、我が家は母子家庭であった。しかも当時結核は、肺病病みといわれ世間からは厭われた。しかし母親の必死な姿に我々はむしろ元気を貰った。母親は畑仕事や日雇い労働でわずかなお金を稼ぎ、さらに兄や姉のわずかな仕送りで僕を含め5人家族が生活した。それは惨めな貧乏生活だった。私はどうにか高校は行かしてもらったが、大学進学はとても無理とあきらめていた。

 

   高校3年の担任の山崎先生は、生徒の状況をよく理解してくれる、面倒見のいい先生だった。親が懇談にこれない生徒の家には自転車で家庭訪問して、親といろいろと話をしてくれたりした。僕の家庭の事情もよく知ってくれていた、田植え時などに、母親の手伝いで学校を休んでも、「昨日は田植えやったんか、もう全部すんだか?疲れたろう。」と声をかけてくれた。そして「児玉、勉強だけはしっかりやっとけよ。そうでないと後悔するぞ」と口癖のように励ましてくれた。

 

   3年の2学期、大学進学を早くからあきらめていたので進路部の先生の紹介で枚方市のダンボール会社の面接を受けることにした。そんな時山崎先生に職員室に呼ばれた。「児玉、お前学校の先生になるのが夢なんやろう。病気のお父さんもそれを楽しみにしてるそうやないか。大学に入学したら支給される特別奨学金制度というのが日本育英会にはあるんや。お前の成績なら大丈夫と思うから申し込んだらどうや。そして働きながら大学の夜間部に通って教員資格取って、先生をめざせ!資格は夜でも昼でも同じや。」と励ましてくれた。大学進学を諦めていた私は、特別奨学金制度も大学に夜間部があることも知らなかった。

 

   先生の勧めで受けた特別奨学金も学校から3人合格した中の一人に選ばれた。姉が岸和田に居たので、そこから通える大阪市立大学の二部(夜間部)を受験し合格した。山崎先生はすごく喜んでくれて、職員室の黒板に3年2組児玉道仁、大阪市立大学合格!と大きな字で書いてくれた。そして「大阪に行ったら、府の公務員試験があるはずやから必ずそれを受験せよ。公務員は身分が安定して夜学にも通いやすい」と教えてくれた。

 

   私はそのとおりに府の公務員になり、夜学を卒業後、大阪府の教員試験に合格し念願の教員になった。そして37年間勤めた府立高校を退職した今、東大谷高校の校長をさせていただいている。もし高3時代に山崎先生と出会えていなければ私は学校の先生になれていなかったと思う。山崎先生と言う「良き師」にめぐり合えたことが私の人生を輝かせてくれた。 

 

   良い教師とは、①わかる授業、楽しい授業のできる先生 ②生徒の目線に立って生徒を理解してくれる先生 ③生徒の置かれている状況をよく知り、必要な時に必要なサポートをしてくれる先生だと思う。校長として東大谷でもそんなすばらしい先生がもっと増えるよう努力するつもりです。

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